参道の一抱えある大木を両手で抱える、いや抱きつく。癒されこうすると気持ちが落ち着くと語っていたのを亡母を思い出す。それ以来、年齢には無関係で大木に手を当たて「木から気を授かって」いる姿をみかけるようになった。一括りに、『木』と言っても、日本には様々な木が育っている。自分で落穂拾読書と名付けているのは、家人が読んで処分する本を拾って読み、新たな本との出会いをすること。 その読書した幸田文『木』には、北から南まで『木』を実際に訪れ、観察して、わが事にもなぞらえ15編として構成された想いの本である。すっきりとした文書、家族への思い、緻密だが、冗長ではない。P43『人にそれぞれの履歴書があるように、木にもそれがある。木はめいめい、そのからだにしるして、履歴を見せている。』その履歴を読みとれるような思いになってくる。参 幸田文 木
